B級クリエイター宣言。HODDAST/About

B級クリエイター宣言。HODDAST updated 2009-11-29 印刷用表示 |テキストサイズ 小 |中 |大 |


B級クリエイターのすすめ

B級クリエイター宣言

bind_61.jpg名モナク 望ミモセズ 喜バレル 
サウイフモノニ 
ワタシハナリタイ

宮沢賢治を真似てみました。
ちょっと気取りすぎですけど、そう言う気持ちは確かにあるのです。
50歳にもなりますと、今さら地位や名誉がほしいとか一発当てたいとかよりも、誰かに喜んでもらえることがしたいと、そんなことを考えるようになってきました。

これはきっと人のためというよりは、あいつは役に立つと思われることで、はっきりとした自分の居場所をつくりたいという焦りがあるからなのでしょうね。
そのことに最近ようやく気付きました。

しかし、ただ他人に喜んでもらうことだけを考えていたら、自分のような器の小さい人間にはきっと修行のような苦しみが伴うことは間違いありません。
そこで、自分自身の楽しみ・喜びが、結果として誰かの役に立つようなことを見つけていくことにしました。
島に移住してから、いろんな人が野菜をくれたり魚をくれたりしました。
私は野菜を育てたこともなく、魚釣りも苦手です。でも、何か自分でつくったものとか取ったものでお返しがしたいと、ずっとそう思っていました。

そんなときある人と知り合いました。と言ってもお会いしたことはまだありません。
その人は自身のWEBサイトで自作の楽曲を無料素材として配布していました。
その中の曲を何度か使わせていただくうちに、直接お礼が言いたくなってある日メールを送りました。
そして何度かメールのやり取りをしていると、その人は私の住む町のために、新しくオリジナルの曲を作ってくれたのです。

これにはたいへん感激しました。 
そして気づいたことがありました。 
野菜や魚とか食べるものじゃなくても、自分がつくったもので誰かに喜んでもらえることがあるのだということに。

私は小さいときから創作することが好きでした。
プロのクリエイターになろうなどとは今まで考えたこともなく生きてきましたが、野菜の代わりに自分が創作したものをあげて誰かに喜んでもらえたら、こんなにステキなことは他にはないんじゃないかと思いました。

さて、本題の『B級クリエイター』について話します。
もちろんそんな言葉はありませんが、B級グルメという言葉はありますよね。 
高級料理店でつくるものではなく、高価な食材を使ったものでもない。しかし隠れたファンがたくさんいたり、一度食べたらくせになる。そんな食べ物。

私は『B級クリエイター』になろうと決心しました。
決して芸術的価値があるわけでも、作品のクオリティが高くオリジナリティにあふれているわけでもなく、センスのないところはいろんなソフトを使って補います。
本当のクリエイターは顔をしかめるかもしれません。
しかし私は『B級クリエイター』として生きることを決めました。

クリエイティブな仕事をする人は、たいていプライドが高く、B級クリエイターだなんて自称する人はいないと思います。超一流の人なら謙遜してそう言うかもしれませんが、この年になって今さら一流を目指す気などない私は、正真正銘のB級クリエイターを目指すことを宣言します。

趣味や自己満足に終わらず、たとえ一人でも喜んでくれる人がいると思ったら、全力を尽くして作品を完成させる。
それが私が名づける『B級クリエイター』の定義です。

勝手につくった『B級クリエイター』の定義ですが、これに該当するアマチュア・クリエイターはたくさんいるのではないでしょうか?
私が暮らすこの小さな島にも、思い当たる人が何人かいますから。

B級クリエイター宣言をする仲間を探そうと思います。

特にこの島のように、過疎化が進んで若者が夢を求めて都会にでていくような地域にこそ、B級クリエイターが活動する場があり、地域の活性化の役に立てるのではないでしょうか。
B級クリエイターが増えて一緒に動き出せば、きっとおもしろいことが起きると思いますよ。

半農半Xのすすめ

あるいは「プチ自給自足+プチ天職+X」のすすめ

bind_62.jpg天職に使命感は必要ない

天という字が付くため、軽々しく「これが自分の天職だ」とか言いにくくなるのですが、もっと気楽に考えてもいいのではないでしょうか。

「それをしているときに喜びを感じられる仕事」
ぐらいに、私としては考えています。
辛くて投げ出してしまいたいけど、 
「これが自分の使命だからやらなければ、ぐらいのプレッシャーがなければ天職とは言えない」
みたいな気がしてしまいますが、プレッシャーと戦い、苦しみながら頑張っている人は、実はそれさえも喜びと感じているのかもしれませんし。

しかし、なかなか天職には就けないもので、いや正確に言えば、天職で食べていくのはむずかしいと言ったほうがいいのかもしれません。

私は今、楽しみながら仕事をしています。
これまでの人生でもっとも充実した生き方をしていると言い切れます。
自慢話ではありません。というか自慢することは何もありません。
生活は苦しく、貯金などはまったくありませんし、将来のことを考えると、正直ちょっと恐ろしくなることもあります。
故郷から遠く離れ、全く縁もゆかりもない土地に移住したので頼れる身内も近くにいません。
コンビニもショッピングモールもなく、とても便利とは言えない離島の暮らしです。

何が言いたいかというと それらのことを犠牲にする覚悟があれば、天職と思える仕事に就くことができるということです。
先ほども言ったように、天職だけでは食べていくのもむずかしいですから、ある程度自給自足できる能力を身につける必要があります。
生きていくために必要な、最低限のお金を稼ぐ仕事も確保しなければなりません。

なので私は提案します。
半農半Xならぬ『プチ自給自足+プチ天職+X』の生活をしてみませんか?
これはある意味贅沢な生き方です。
しかし考えてみれば、昔は日本中の誰もがそんな生き方をしていたのではないでしょうか。
時代を2,3代遡れば、会社勤めのサラリーマンなんかほとんどいませんでした。
うちの父方の祖父は鍼灸とか小さな飲食店をしていたと聞いていますし、母方の祖父はペンキ屋さんだったそうです。
昔は年金制度などもなかっただろうに、みんな自分に合った仕事を見つけて、ちゃんと寿命をまっとうしているのです。
都会暮らしの便利さや快適さを忘れて地方に目を向ければ、そんな生き方ができる環境が、まだ日本中にたくさん残っていると思います。

このサイトについて

amalife.netとは

bind_free049.jpg今はまだ動き出していない人たちがつくるネットワーク

私の名刺には amalife というロゴが入っています
でも実際は役場の臨時職員で(2009.6.22現在)所属部署名も書いてあります

名刺のロゴはおまじないみたいなものです。
いつか自分が本当の自分らしく動き出すときには、このamalifeを名乗ろうと密かに考えていたのです。
このサイトはその第一歩です。

動き出すなんて言ったら大げさですけど、今なら等身大の自分をさらけ出してもいいんじゃないかと思ったのです。

本土からこの島に来た人に、どうしてこの島に移住しようと思ったのですか?と必ず聞かれます。
しかし、トップページのスライドムービーにもあるように、この島の人たちに「なんでこの島に移住したのか」とは一度も聞かれたことがありません。

おそらく、この島の人たちはここに住んでいることを誇りに思っているのでしょう。
だから私がなんでこの島に移住してきたかなんて興味がないのです。
もっと分かりやすく言えば、何故この島に移住したのかと尋ねる人は、この島を特殊な場所として好奇心と興味の対象と見ているからだと思います。
しかしこの島の住民は特にここが特殊な地域だとは考えていないのです。逆に都会に無くなりつつあるものがたくさん残っていることを誇りにしているのです。

私や他のIターンの人たちが、何故この島に移住してきたのかと聞かれないようにすること。
そのために私は動き出したいと思っています。

興味の対象として扱われなくなった時、本当の地方の時代と呼べるようになるでしょうし、日本の未来を元気で夢のあるものにすることにつながるような気がしています。